カテゴリー「原子力・放射能」の記事

2009年10月17日 (土)

サブリーン、天使に

Sabreent1

1994年2月5日に生まれたサブリーン。

2005年、右目を摘出。

学校に行った事もなかったサブリーンだけど、
左目だけで絵の才能を発揮。

その絵は自由でのびやかでユニークだった。

彼女の絵の中から選んだ2枚の絵を、
やはり1994年3月生まれのshionがデザインしたTシャツ。

「いつか会いたいな」の願いは叶いませんでした。

サブリーンは、
「私は、死にます。でも幸せです。
なぜなら、私の絵をチョコのパッケージに使うと聞いたからです。
イラクの子どもたちを助けてください。ありがとう」
そういったあと彼女は昏睡状態になりました。
(jim-netメルマガより)

Nonukesfesta2

サブリーンはおそらく湾岸戦争の犠牲者。
アフガン、イラク戦争からどれくらい犠牲者が出るか、
わかりません。

そして日本でも原発によって放射能汚染が起きているということを、
その影響はこの先想像もつかない危険をはらんでいるということを、
今みんなで考え直すチャンスです。

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2009年9月26日 (土)

9,9,24ー核なき世界へ


鳩山さん、ガンバレ〜って思った人多いと思います。

25%なんて出来るの〜?って声もあります。

そんなんでいいのかと思います。

日本が目指すべき方向性を示したこと、
高いハードルだけど、地球はまったなしの状況なんです。

人間がこんな危機的状況をわずかな間に作り出してしまったんだから、
みんなでやるしかないんです。

もう政治家や行政におまかせの時代は終わり。
世の中を良くするには、市民発が求められているんだと思います。

鳩山さんは「核廃絶の先頭に立つ」と言いました。
国連で公言したということは、
これは日本国民の意志であると言う事だと思います。
そして、私の耳にとまったのは、「核の生産能力の凍結」。
私的解釈だと、=原発の廃止です。
原発が核兵器の材料を作り出してしまうことを思えば、
「核の生産能力を凍結」し、安心して暮らす世の中にするためには、
原発をやめることが最も効果的だからです。

鳩山さんは「原子力の平和利用にあたっては...
最高レベルの水準を順守する必要があります。」と言いました。
そのとおりです。ただし私的にはこれは100%の安全性です。
これを遂行出来る原発は世界にひとつもありません。

要するに、原発はどこから見ても、
私たちに安全な暮らしを保証できない産物なのです。

原発内で働く人々はほぼ被曝しているのが現状です。
それはウランの採掘場からすでに始まっています。

せいぜい50年程の間、電力を供給する意外に、
なにも良い事はないのです。(電力会社は儲かるらしいけど)

自然エネルギーを使って、
私達の8分の1の電気料金で暮らすスウェーデンの人達。
日本では販売されない日本製のバッテリー。
脱原発はそれほど高いハードルではないのです。

民主党にメッセージを送りましょう!
誰にでも『CHANGE』を可能にする力があります。

余談ですが、9,24はmy birthdayでした。

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2009年7月26日 (日)

家族にヒバクシャがいるということ    ー妻の貌(かお)

家族にヒバクシャがいるということは、
実に重い事だ。

放射能は劣性遺伝すると言われている。

核の恐ろしさはここにあると思う。

川本昭人さんは現在82才。

原爆症の妻キヨ子さんと家族を50年間撮り続けてきた。

http://www.tumanokao.com/

公開中です。

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2009年7月 6日 (月)

『ぶんぶん通信no.1』上映会

もしも、あなたの町に原発ができるとしたら、
あなたは受け入れられますか?

原発建設に直面する山口県祝島と
脱原発のスウェーデンの人々。
「持続可能な未来」を実現するのは、
それを願う人々の意志です。

『ヒバクシャ』『六ヶ所村ラプソディー』と、
鎌仲監督が社会に与えた影響は大変なものだと思う。
その鎌仲監督が現在撮影中なのが、
『ミツバチの羽音と地球の回転』。
その撮影現場からのビデオレターが『ぶんぶん通信』だが、
これがとてもいいのです。
ぜひ、見て欲しい。
もうno.2も出来ているようなので、ぜひ先にno.1をね!

<上映会日程>
7月8日(水)10:00-12:00
7月11日(土)13:30-15:00
<参加費>
生活クラブ生協組合員¥400 一般¥500
(400円は上映料としてグループ現代にお支払いします)
<場所>
生活クラブ館 地下スペース
(世田谷区宮坂3-13-13 小田急線経堂駅徒歩2分)
<お問い合せ>
この記事へのコメント欄でお願いします。
事前予約の必要はございません。


六ヶ所村ラプソディーオフィシャルブログ


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2009年6月 7日 (日)

ぶんぶん通信no.1を共有しましょう!

Bunbunno1

先週ですが、やっと見ました。
鎌仲ひとみ監督の次回作
『ミツバチの羽音と地球の回転』(仮題)の経過報告DVD。

これがとっても分かりやすいです。
祝島のくらし、30年近く上関原発に反対してきた人々。
彼らが漁場を奪われるとか、
島で暮らせなくなるとかだけの問題ではなく、
あそこに原発を許容するってことは、
たかだか50年くらいしか使用できない原発のために、
ほぼ永久的に核の高リスクなごみを
未来へと押し付ける事を私達が容認するってことなんじゃない?

これだけ、ハイリスクなエネルギーって他にはないだろう。
私達が目指す方向は、映画のなかに出てくる
スウェーデンの様子から明らかじゃないだろうか。

こんなにも日本は遅れてる!
私達の暮らしかたは選択できない仕組みになってることを、
危険なMOX燃料が堂々と公道を走っていることのおかしさを、
もっと取り上げる様にメディアに伝えることが必要。

市民が声を上げなければ、メディアも取り上げられない。
メディアも現場の人達は気付いてるし、
実際に取材もしているらしいけど、
いざ放送となると、できなくなってる場合もあるらしい。
たくさんの視聴者が望んでると示せば、彼らを支援できる。

だから、『ぶんぶん通no.1』を見ましょう!
伝えましょう!発信しましょう!

上関原発建設計画中止を求める全国署名

「ミツバチ」製作プロジェクト
「ぶんぶん通信no.1」購入申込み


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2009年5月18日 (月)

インフルエンザより怖いと思いますーMOX燃料

1時間くらい前に、静岡に到着。
とりあえず、海の上で何もなく、
無事についてよかったって、喜ぶべきなのか?
これまでにも2度、MOX燃料は運ばれているけど、
実際に使われてはいないそうで、
というか、うまくいかないらしく、
柏崎にも置かれたままらしい。
1.8トンですって〜。原爆200個以上つくれるらしいです。
昨日はT.Vもつけなかったので、よくわからないんですけど、
メディアも静かですね〜。
毎日、望んでないのに、
原発で出来た電力を使わされていて、
そこで出来た放射能のごみを
青森県に押し付ける事になってしまっている。
「地球温暖化対策には原子力の平和利用」とか、
原子力をぐるっと360度見回したのか?と疑問!
移動で出たCO2排出量とか、
海に捨てられてる冷却水がすごく高温で、
海があったまることとか、
私には原発=温暖化に見えます。

MOX燃料がフランスを出たときの記事
http://www.news.janjan.jp/world/0903/0903109152/1.php

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2008年10月27日 (月)

肥田医師ーヒバクシャの時代

先日の土曜日、今年6月に亡くなられた「想い出のサダコ」の著者、大倉記代さんの追悼の朗読会&肥田舜太朗先生の講演会に行きました。

鎌仲ひとみ監督の「ヒバクシャ」に出ていらっしゃる肥田先生には、お会いしたいとずっと思っていました。

肥田先生は現在91才。
原爆投下時は、広島の陸軍病院(爆心地から500m)の軍医で、前夜に市の中心部から車で15分くらい(かな?)の戸坂に急患で呼び出され生き残れた方です。
あの日の朝、子どもに注射しようとしたその瞬間、広島の街にそれは大きなオレンジに輝く火柱があがったそうです。そして黒い雲のかたまりが自分の方へとものすごい勢いで襲ってきて、天井まで飛ばされ、その家は崩れたそうです。(子どもさんは無事でした)
それから、病院をめざした先生ですが、途中の川で川向こうに広がる火の海に阻まれ、今自分がするべき事は逃げてくる人々を救うことと悟り、戸坂の小学校で治療にあたられたということでした。
8月6日の先生を阻んだ川の様子、3日で3万人もの被爆者が逃げて来た村で患者を見た先生のお話は、私の様に小さい頃から原爆の話をなんども見聞きし、原爆資料館に何度も足を運んだ者でも、耳を塞ぎたくなるような恐ろしさ、惨さでした。
先生はその頃すでに被爆と被曝の存在になんとなく気づかれていたようです。
しかし、戦後の日本は原爆を落としたアメリカの占領下。
被爆者に対しても医師に対しても被爆に関する情報封じが徹底されていたようです。
原爆に関する情報はアメリカ軍の軍事機密。
被爆者は国からも医師からも見捨てられたようなものでした。
そのような状況のなか、肥田先生は被爆者を診続け、MPに3回、警察に1回拘束されたそうです。
何も聞かれず、何もされず、周りをどう猛な犬に囲まれた独房のなかで一晩を過ごした後解放された
そうで、脅しだったんでしょうねと、話されていました。

今も放射能に関する情報は、ほぼアメリカが持つ原爆投下時のもので、日本の政府も学者もその資料をもとにしているらしいです。
被爆者認定裁判にも長年関わっていらした先生は、実際に長い間被爆者を診て来た実績で裁判を勝ち取ってきたのです。

肥田先生ははっきりと、これからはヒバクシャの時代になると言われました。
いや、すでにそうなっているのだとも。
実際、先生の患者さんのなかには、「原発ジプシー」と言われる人々がいるそうです。
彼らは原発で事故があると呼ばれ、危険な仕事を引き受けるのです。
公表されていない大きな事故もやはり存在したのだと、確信しました。

この日は、本当は鎌仲監督も参加の予定でした。
監督は朝早く上関に行かれ、上関原発反対集会を取材していました。
山口県知事は、あの美しい瀬戸内海の豊かな漁場を、原発を建てる為に埋め立てる事を認めてしまいました。
県議会議員たちは何を見ているんでしょうか?
今もらえるわずかなお金と未来に引き継ぐべき貴重な資源を引き替えにしてしまったんでしょうか?

今朝の朝日新聞には、原発の宣伝かと思うような次世代原発の記事がありました。
昨日の自然エネルギーの記事には、原発全廃を目指すドイツの取り組みが紹介されていました。
どんなに経済的で免震構造のものを造っても、放射能が排出され、核のゴミが出る限り、未来の人々にとって迷惑になることは否定できないと思います。

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2008年8月27日 (水)

今年もNNGへ!!!

いつもお知らせ遅くなってしまい......

今年のNNG反核コンサートは、8月28日(木)、
北沢タウンホールです。

「発信する子どもたち」とリトルパワープロジェクトで、
『Home Town は地球!だから放射能はいらな〜い』という展示をします。

今年はNNGのスペシャルなオリジナルユニットに大注目!

コンサートの詳細はhttp://www.no-nukes-gig.com/

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2008年8月 7日 (木)

平和への祈りを行動に! -大倉紀代さんの思い

Ookura

2年程前、「発信する子どもたち」でラナちゃんバッグを作った年でした。
イラクの報告会でとても美しい女性に出会いました。
長身で、すてきなロングスカート、頭にはスカーフを巻かれていて、
控えめながらも美しい存在感がただよっていました。

4才で被曝し、14才の時に、「原爆の子の像」のモデルとなったと言われる佐々木禎子さんと同じ病室で共に3ヶ月を過ごした方。
大倉紀代さんでした。
ただ一緒にいただけだからと、それまで禎子さんについてほとんど語られなかった大倉さんですが、編集者の熱意もあり、思春期の子ども達へのいのちのメッセージとして、サダコさんのいのちの輝きを伝えようと思われて書かれた様です。

執筆中も私がお会いしたときも、ガンの治療中であまりお具合が良いわけではなかったようでした。
その頃私は、父の従姉で原爆歌人だった正田篠枝さんのことを調べていたので、もしかして大倉さんが知り合いだったりしないかと思い、お話させていただいたのでした。
篠枝さんとは面識はなかったものの、私が中学生の時に参加していた被爆者を支援する会「折り鶴の会」のことは良くご存知で、それだけでも私にとってはうれしい出来事でした。

その大倉さんも、とうとう旅立たれてしまいました、天国へと。
それは沖縄慰霊の日、6月23日でした。

Sadakokiyo
禎子さんと紀代さん

『想い出のサダコ ー思春期の入り口にいた三ヶ月ー』
文・大倉紀代  絵・夜川けんたろう  よも出版  ¥1200
*本の購入は千早書房へFAX(03-3234-3344)にて。


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平和の誓い

「原爆の日って、だいたい晴れだよね。」
今朝、娘が言いました。

63年前の今日もいいお天気だったそうです。
戦時中ではあっても、それなりの庶民の日常があったのです。

おままごとをして遊んでいた子もいましたし、
質素なお弁当を持って勤労動員に出かけていた女学生もいました。

人も融けるような熱風に襲われるまで、
広島の人々は上天気の夏の日常のなかに生きていました。

毎年、平和記念式典で繰り返される平和への誓いを、
被爆者の方達はどんな思いで受け止めていらっしゃるのでしょうか。

平和公園に行く度に、
「あやまちは 二度と 繰り返しませんから」の文字が虚しく見え、
原爆の子の像の近くに展示されているたくさんの折り鶴に、
複雑な想いがこだまするのです。

世界のあちこちに争いの犠牲者が絶え間なく存在し、
唯一の被爆国と言われる日本に、
あってはならない核の脅威が形を変え存在しています。

ウラン採掘から最終処分に至るまで、
常に放射能汚染の危険がつきまとう原発を、
55基も持つ私達の国。
そしてさらに危険なプルトニウムを
大量に取り出せる工場も稼働させようとしています。

湾岸戦争からアフガン、イラク戦争までに使われた劣化ウラン弾が、
この世界にばらまいた放射性物質の量は、
広島に落とされた原爆の44万倍だそうです。
すなわち、44万個分ということですね。

もはや核汚染に国境は無く、
核実験や劣化ウラン弾によりヒバクシャは増えているのです。
被爆者の願いは、「核廃絶」なのに。

今日の式典でのこども代表の二人のメッセージは、
私達が抱えるこれらの矛盾を突くものでした。

犠牲になられた方達や子ども達の想いを、
どう実現していくかは、私達しだいなのです。
何ができるの?と思ったら、
融けるような炎に包まれて消えていった人達を想像してください。
どこで、どんな風に死んで行ったかもわからない子を思うお母さんの気持ちを想像して下さい。

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