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2009年2月15日 (日)

救われたコアラ、救われないペット達

オーストラリアの山火事で生き延びたコアラ。
消防団員の差しのべた手を握り、
水を飲む姿は心温まるニュースとして、
あちこちで取り上げられていた。
「よくがんばったね」そんな気持ちになるニュース。
朝日には<「希望の象徴」として被災者らを元気づけている。>
そう書いてあった。
北海道の川ではラッコがたくさんの人をなごましているらしいし、
崖っぷち犬もタマちゃんも、「ほっとけない」動物として
何度もメディアに取り上げられていた。
そんなとき、いつも思うのは動物愛護センターだ。
そんなに動物をかわいそうとかかわいいとか思うのなら、
毎年おびただしい数のガス室送りになっている動物や、
必要かどうかもわからない実験で苦しんでいる動物達にも、
心砕いて欲しいものだと思う。
コアラが「希望の象徴」なら、
ガス室送りのペットは「絶望の象徴」?
コアラがラッキーなら、
ガス室送りのペットは運が悪すぎるではないか。
彼らは飼う人がいないというだけの理由で、
何日か不安な日々を過ごした後、
ガス室で苦しんで、苦しんで死んでいく。
私達の税金を使って、殺されている。
紛争や戦争で死んで行く子ども達と同様、
あまりにも理不尽な死だ。
引き取り手などめったにいないことも、
おそらく殺処分になることも、
全て承知のうえで愛護センターに置いていける人々が、
普通に私達の近くにいるということをどう考えたらいいのかと思う。
なかには自分自身が病や高齢で飼えなくなった人もいるのだろうが、ガス室はあんまりだと思う。
せめて、その子を胸に抱き、注射で安楽死させてあげてほしい。
そして、これらのことは私達一人一人にも加害性があることを
自覚しなくてはならないと思う。
彼らの「理不尽な死」には私達にも責任があるということを。

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環境」カテゴリの記事

コメント

こんばんは、
オーストラリアのコアラチャンのニュース見ましたよ。動物たちは本当に一生懸命生きていますよね。
なのに日本は犬猫が毎日1.6分に1頭は殺されている。
とても悲しい事が続いている。ドイツの様に根本からシステムと考え方を変え殺処分を0にしたい。
ペットショップの裏側も恐ろしい事が起きている。
法律をきちんと作ってもらえる事が、いいんですが決まるまでには時間がかかるので、それまでに出来ることは生体販売をしているお店では一切物を買わない事ですね。

投稿: ポール&ふーちゃん | 2009年5月10日 (日) 00時34分

ポール&ふーちゃん さん
コメントありがとうございました。
以前動物病院にあったポスターには、
4分に1頭とありましたが、、、
数字はともかく、殺処分はあまりにも正当性がないです。
ペットショップの在り方にも問題があるということでしょうね。

投稿: sairen | 2009年5月11日 (月) 16時27分

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