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2009年2月

2009年2月17日 (火)

対話の可能性ー壁と卵

村上春樹氏の言葉と勇気に感動しました。
立ち上がり、拍手を送る人々に感動しました。

ボイコットも一つの意思表示には違いないだろうけど、
接点を求め、歩み寄っていかなければ、
対話は生まれない。
ヘブライ語に受け入れられた作家として、
自らの役割を自覚している人の言葉だったと思う。

イスラエルには卓越した美意識をもった芸術家が存在している。
もう20年以上前だけど、
イスラエルフィルは、すばらしくうつくしかった。
指揮者はたしかズービン・メータだった。
昨年見たインバル・ピントも美しく独特な世界に惹かれた。
選挙の結果はショックだけど、
和平への道が閉ざされたわけでもない。
ガザの人々の負の感情はそう容易には消えないだろうけど、
封鎖を解き、対話への可能性を開いてほしい。

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2009年2月16日 (月)

歌うこと、伝えること ”大丈夫であるように”

大丈夫であるように。?Cocco終らない旅

我が家ではあいかわらずCoccoがしょっちゅうかかっています。
私自身はCoccoが一時活動休止してから、
あまり聞いていなかったのですが、
娘のお気に入りになってから、
あらためてCoccoはすごい!と思うのです。
何回聞き続けても、なんか飽きない。なぜか.. .*
たぶんそれは、彼女がすごく純粋で、
まっすぐな人だからなのではと、思ったりします。
(もちろん音楽的センスの良さもあり!)
是枝監督の『大丈夫であるようにーCocco終らない旅ー』は、
彼女のまっすぐで傷つきやすく、
それなのに果敢に挑んで、
全てを受け入れて生きる姿がありのままに描かれていたと思います。

そんな是枝監督の金沢での舞台あいさつの記事を見たら、
また感動がよみがえってきました。

http://kanazawa.keizai.biz/headline/419/

「彼女はその土地その土地に行って、蓄積されたいろんな記憶だったり感情だったりを自分の体を通して歌という形にして残して行く触媒のような存在だと思う。・・・・・・・・・・六ヶ所村の問題など何ひとつ自分と関係ないと言って目をそらすことなく、正面から向かって背負っていく姿は、潔く、すさまじかった。」

2/27まで渋谷・ライズX、2/28からは六本木・シネマートにて公開されています。


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2009年2月15日 (日)

救われたコアラ、救われないペット達

オーストラリアの山火事で生き延びたコアラ。
消防団員の差しのべた手を握り、
水を飲む姿は心温まるニュースとして、
あちこちで取り上げられていた。
「よくがんばったね」そんな気持ちになるニュース。
朝日には<「希望の象徴」として被災者らを元気づけている。>
そう書いてあった。
北海道の川ではラッコがたくさんの人をなごましているらしいし、
崖っぷち犬もタマちゃんも、「ほっとけない」動物として
何度もメディアに取り上げられていた。
そんなとき、いつも思うのは動物愛護センターだ。
そんなに動物をかわいそうとかかわいいとか思うのなら、
毎年おびただしい数のガス室送りになっている動物や、
必要かどうかもわからない実験で苦しんでいる動物達にも、
心砕いて欲しいものだと思う。
コアラが「希望の象徴」なら、
ガス室送りのペットは「絶望の象徴」?
コアラがラッキーなら、
ガス室送りのペットは運が悪すぎるではないか。
彼らは飼う人がいないというだけの理由で、
何日か不安な日々を過ごした後、
ガス室で苦しんで、苦しんで死んでいく。
私達の税金を使って、殺されている。
紛争や戦争で死んで行く子ども達と同様、
あまりにも理不尽な死だ。
引き取り手などめったにいないことも、
おそらく殺処分になることも、
全て承知のうえで愛護センターに置いていける人々が、
普通に私達の近くにいるということをどう考えたらいいのかと思う。
なかには自分自身が病や高齢で飼えなくなった人もいるのだろうが、ガス室はあんまりだと思う。
せめて、その子を胸に抱き、注射で安楽死させてあげてほしい。
そして、これらのことは私達一人一人にも加害性があることを
自覚しなくてはならないと思う。
彼らの「理不尽な死」には私達にも責任があるということを。

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