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2008年8月 7日 (木)

平和の誓い

「原爆の日って、だいたい晴れだよね。」
今朝、娘が言いました。

63年前の今日もいいお天気だったそうです。
戦時中ではあっても、それなりの庶民の日常があったのです。

おままごとをして遊んでいた子もいましたし、
質素なお弁当を持って勤労動員に出かけていた女学生もいました。

人も融けるような熱風に襲われるまで、
広島の人々は上天気の夏の日常のなかに生きていました。

毎年、平和記念式典で繰り返される平和への誓いを、
被爆者の方達はどんな思いで受け止めていらっしゃるのでしょうか。

平和公園に行く度に、
「あやまちは 二度と 繰り返しませんから」の文字が虚しく見え、
原爆の子の像の近くに展示されているたくさんの折り鶴に、
複雑な想いがこだまするのです。

世界のあちこちに争いの犠牲者が絶え間なく存在し、
唯一の被爆国と言われる日本に、
あってはならない核の脅威が形を変え存在しています。

ウラン採掘から最終処分に至るまで、
常に放射能汚染の危険がつきまとう原発を、
55基も持つ私達の国。
そしてさらに危険なプルトニウムを
大量に取り出せる工場も稼働させようとしています。

湾岸戦争からアフガン、イラク戦争までに使われた劣化ウラン弾が、
この世界にばらまいた放射性物質の量は、
広島に落とされた原爆の44万倍だそうです。
すなわち、44万個分ということですね。

もはや核汚染に国境は無く、
核実験や劣化ウラン弾によりヒバクシャは増えているのです。
被爆者の願いは、「核廃絶」なのに。

今日の式典でのこども代表の二人のメッセージは、
私達が抱えるこれらの矛盾を突くものでした。

犠牲になられた方達や子ども達の想いを、
どう実現していくかは、私達しだいなのです。
何ができるの?と思ったら、
融けるような炎に包まれて消えていった人達を想像してください。
どこで、どんな風に死んで行ったかもわからない子を思うお母さんの気持ちを想像して下さい。

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