2010年4月24日 (土)

アースデイ東京2010報告

Earthday20100

雨にも雪にもめげず、
アースデイを支えるボランティアのみなさんのおかげで、
楽しく有意義な2日間を過ごせました。

Earthday20103   Earthday20105

ワークショップの様子や子どもたちの作品、
少しずつ報告していきます。

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2010年4月11日 (日)

アースデイでeko&peaceなワークショップ開催します!

アースデイ東京2010は4月17日、18日です。

今年、『発信する子どもたち』は、
『fanfunshop』ーうちわで夏を楽しみ、
エコメッセージを伝えよう!ーという企画です。

今年のアースデイは、シルクドソレイユなどのビッグテントが建つエリアも加わり、そこにフードエリアが移動します。
『発信する子どもたち』のブースは、野外ステージに向かって右側のNPOビレッジエリア、ベビーアースデイのエリアのすぐ隣です。お隣は「六ヶ所あしたの森」さんです。
JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)、
生活クラブ
インドのニランジャナスクールも一緒に展示、
発信します!
ニランジャナのウォールアートフェスの様子はコチラ

ワークショップの詳細はチラシを見てね!

Fanfunshop1_2


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2010年3月27日 (土)

地球デザイン元年というビジョンー竹村真一さん寄稿文

娘が社会のテスト勉強をしている時、
「産業革命は正しかったか?」というテーマがありました。
今地球や地球に住む様々な生き物をおびやかしている
環境問題について考えると、
どうしても人類が悪という気がしてきます。
だけど、もう元にはもどれないわけで、
ならば、もっと文明が進歩し、
さらに上をいく環境負荷の少ない人類の暮らし方や、
破壊された環境を出来るだけ改善できる新たな進化を
私たちは達成しなければならないんだなと思います。

心配はつきないけど、前に進んで行こうと、
明るい気持ちになれる竹村さんの寄稿文を、
枝廣淳子さんがメルマガで紹介されていたので、
許可をいただき、転載します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Voice誌の新年号に、竹村真一さんが寄稿された文を、ぜひとお願いして、メールニュースでもご紹介します。

竹村さんとは「100万人のキャンドルナイト」の幹事として、またエコッツェリアでの展開や「地球大学」など、あちこちでごいっしょする機会があり、お互い、同じようなことを大事にしながら、それぞれのアプローチで活動しているなあ、と思っています。

「今ほど生きがいのあるわくわくする時代はないよね!」とよく言い合っている竹村さんの「バックキャスティング型ビジョン」、ぜひどうぞ!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「十年後の日本をどう創るか?」


ワクワクするような未来が語られなくなって久しい。かつての新幹線や未来都市など、夢を持てる話題が何もなく、多くの若者はどうせ地球はもうおしまいなんだからと無気力になっている。

だが、そうだろうか?私はこんなに新しい未来を展望できる、未来に投資しがいのある、ワクワクする時代はないと思っている。

たとえば太陽の恵みだけで石油も原子力もいらない、「エネルギー代はほとんどタダ」の時代が実現すると二〇年前、いや一〇年前ですら誰が想像できただろうか?でも、いまや世界の風力発電容量は約一・五億kW、ここ数年の勢いでは五年以内に世界全体の原発(約四億kW)に匹敵する規模になろうとしており、ドイツや北欧諸国は二〇年以内に電力の半分近くを自然エネルギーで賄う構想だ。

パレスチナやイラクが紛争地域となったのは、二〇世紀初頭に中東の油田が発見されたことがきっかけだが、もう私たちは「石油をめぐって戦争をしなくてもよい」地球社会をデザインしうる地点に立っている。二〇世紀の石油文明という、ある一時代の都合で引き起こされた戦争、創りだされた民族問題なら、まったく新しい時代の文脈のなかでリセットすることも可能なはずだ。

そう、私たちは半世紀前の鉄腕アトムの時代と同じ強度で、「希望の地球」を語り、そのデザインに参加できる場所に生きている。

さらに私たちはこの二〇年ほどの間に、宇宙のなかでの地球の「有難さ」を知った。宇宙の探査が急速に進んだ結果、地球のような星(液体の水と多様な生命に満ち溢れた「水球」)が宇宙のなかでは極めて稀であること、宇宙人や地球外生命(ET)などはそうそう居るものではなく、私たち自身がきわめて稀な「宇宙人」であることを理解した。花が咲き鳥が舞い、人間という特異な脳が七〇億も言語というテレパシーで交信しあっている、この地球のありふれた風景が宇宙的にみてどれほど「破格」なことであるか。私たちは宇宙のなかでの地球と自己の存在の意味を知った初めての世代であり、宇宙船地球号がそれ自体どれほど「希望」に満ちた、祝福された星であるかを語れる世代なのだ。

もちろん日々の熾烈なビジネスや政治の渦中では、こんな戯言は無意味に感じられるかもしれない。だが、子供たちや将来に希望を抱けない若い世代にとってはどうだろう?私たちの世代だからこそ語れるこうした「希望」を語らず、小学校や幼稚園から地球の危機と人類の愚かさだけを教えるとしたら、そして現世代に生きる困難ゆえに、未来世代が持ちうるはずの希望(たとえば石油をめぐって争う必要のない時代を創りうる可能性)を封印しているとすれば、それは「子ども」という最大の投資対象に大人としてまっとうな責任を果たしているとはいえないのではないか?

人類は進歩したからではなく、その技術文明が「未熟」すぎたがゆえに地球環境を破壊してきた。だが、その自らの未熟さと宇宙のなかでの地球の尊さを知り、これまでとは違うモードで地球と共進化しうるくらいには成長しつつある。
二〇一〇年を、こうした「希望の地球」を語り、デザインし始める元年としたい。
 

地球と日本の未来にむけて、鳩山政権の“マイナス25%”宣言は、単なる排出削減にとどまらず、化石燃料依存の二〇世紀型国家・社会デザインからの脱却を加速するものとして評価できる。国民の負担増や産業の競争力低下を危ぶむ声もあるが、逆にこれをやらなかった場合のコストを考えてみよう。

自然エネルギーへの世界の新規投資額は毎年一五兆円規模であり、発電容量では世界全体の原発を代替しうる規模になろうとしている。こうして世界が太陽の恵みで“エネルギー代はタダ”の時代に怒涛のように移行してゆくなか、日本だけが現在でも毎年二〇数兆円かけて買っている石油をピークオイル後も買い続けるのだろうか?次世代にそんな危うい未来を託すのだろうか?

また、低炭素化に最も逆行すると思われたアメリカや中国すら急速に「グリーン大国」へと変貌しつつあるなか、下手をすると日本の産業は世界から置いてきぼりになり、低炭素化した世界の市場から排除されてゆく可能性すらある。逆に今なら、太陽電池や電気自動車、蓄電池など脱石油社会構築への技術的なアドバンテージを活かして、国旗(日の丸)が象徴する通りに「太陽経済」で世界に貢献する国へと脱皮しうる可能性がある。そう考えると、これはほかに道のない国家安全保障上の選択だろう。

とはいえ単なるCO2の削減目標と世界の後追いのようなグリーン産業戦略だけでは、“国家一〇〇年の計”としては飛距離が足りない。ここは一つ目線を上げて、地球文明のデザイン・コンセプトを日本として明確に打ちだす時ではないか?
私はそれを「希望の地球」をプロデュースする地球工学と名づけたい。

「工」という字は、二本の水平の線で表現される「天」と「地」を結ぶ「人」の営み(垂直線)を表すという。人間は自然を破壊する存在にもなれれば、自然をコーディネートし、より高次元の自然へと導く存在にもなりうる。たとえば日本の伝統的な治水や水田の技術は、人間が自然に手を加えることで、洪水を防ぎ、貯水により地域の微気象を調律し、元の手つかずの自然よりも生物多様性の豊かな自然をデザインしてきた。人「工」はそこでは自然に対立するものではなく、「自然の一器官」として呼吸するものとなる。

こうした西欧型の自然支配でも自然保護でもない第三の人類と地球環境の関係の作法を、現代の技術やライフスタイルを踏まえた新たな文明コンセプトとして提示し、人類と地球の共進化の可能性をプロデュースしてゆく。

たとえば二〇世紀の都市の建物や自動車は、エネルギーを消費するだけで(あるいは都市をムダな廃熱で暖めるだけで)、「自然の一器官」としては何も創造的な役割を果たしていない。だが、都市のビルや家屋の屋根と窓がすべて太陽のエネルギーを捕獲する皮膜として進化すれば、都市は光合成で太陽エネルギーを捕獲する森や水田と同様に、地球のエネルギー循環を創造的に担う一器官となる。(いうまでもなくソーラーパネルや、自家発電の電力を貯める蓄電池としても期待される電気自動車は、日本が世界に先駆けて実用化してきた「太陽経済」の細胞だ。)

私たちは真に惑星的(Planetary)な視点で新たな文明を構築する最初の世代である。たとえば惑星的な観点からいえば、そもそもこの地球上に“エネルギー問題は存在しない”。現在、人類は石油換算で年間一〇〇億トンものエネルギーを消費しており、エネルギー危機と成長の限界が叫ばれるが、実は太陽から地球に供
給されるエネルギーはその人類需要の1万倍以上(石油換算で約一三〇兆トン分)。つまり太陽エネルギーの一万分の一でも捕獲できれば、人類にエネルギー危機など存在せず、石油をめぐる資源戦争や原発のリスクからも自由な世界が構築可能なのだ。そして、それが決して夢物語に終わらない時代がすでに始まっている。

もっとも、こうした「太陽経済」は発電部門だけでは十分に機能しえない。電気は貯めにくく、長距離輸送にも向かない、そして自然エネルギーは天候や地域条件に左右されやすい。実はこうした問題をクリアし、トータルな太陽エネルギー社会をデザインしてゆく基幹技術においてこそ、日本は最も地球に貢献できる。蓄電池や電気自動車、スマートグリッドを支える技術などは言うまでもないが、さらに太陽エネルギーの大量・長距離輸送を可能にする技術も実現されつつある。

たとえば水素は再生可能エネルギーの貯蔵・輸送媒体(いわば“エネルギーの通貨”)として注目されるが、その大量・長距離輸送の基盤技術として、千代田化工建設が先駆的に開発する「水素サプライチェーン構想」は画期的だ。当面はまず天然ガスや石炭などの化石燃料から、中東などの供給国側で水素を大量生産。化石燃料は要するに炭素と水素の結合物だから、水素分離の過程で炭素を回収(CCS)しながら“クリーンエネルギー化”し、水素は(ここが画期的なのだが)ガソリンの一成分であるトルエンに溶け込ませて、いわば“水素入りのガソ
リン”として既存の石油やガソリンの流通インフラをそのまま使って輸送・供給する。従来の水素技術のように超高圧・低温にしなくてよいので安全でコストも安く、炭酸ガスの削減分に相当する水素を利用することで、個別の設備ごとに炭酸ガスを回収・処分する必要がなくなることにもなる。

自然エネルギーで人類のエネルギー需要の大半が賄えるようになるのは早くても二〇年先と考えると、しばらくは依存し続けねばならない化石燃料を井戸元でクリーン化しつつ、まずは化石燃料需要の急増が予想される中国・インドなどの“炭素メタボ社会”をソフトランディングさせる。同時にこのシステムは遠隔地で電力輸送が困難なパタゴニアの風力、サハラ砂漠の太陽光など、遠隔地の大量安価な自然エネルギーをグローバルに流通させるインフラにもそのままなるから、(特に現在は日本のRPS法の縛りのなかで捨てられがちな)風力などの自然エネルギーの有効利用、ひいては自然エネルギーの“カンブリア大爆発”を誘発する引き金としても機能するはずだ。

さらに送電ロスのない「超伝導ネットワーク」で、太陽エネルギーの地球スケールの相互融通を図ろうという構想もある。たとえば世界の砂漠の二〜三%に太陽電池や集光型太陽熱発電装置で覆えば世界のエネルギー需要が賄えると試算されているが、ゴビ砂漠にそうした大規模太陽光発電プラントを敷設し、それを超伝導ネットワークで東アジア全域に流通させようという「ジェネシス計画」が日本人の技術者グループによって構想されている。

自然エネルギーは日照や風の強さなど自然条件に左右されるが、どこかでは必ず太陽は照り、風は吹いているのだから、広域でのネットワーク(相互融通)により、その地域的な不確実性を相殺することが可能なはずだ。太陽エネルギーの本質から考えると、必然的に国や地域単位でなく、世界を一体のものとして地球スケールで考えて、互いに足りない場所、足りない時間に補完・融通し合えばよいという発想になるわけだ。こうした地球規模の相互融通が実現すれば、自転によって昼と夜(発電可能地域と需要地域)が交代してゆく地球の生理に同調したかたちで、発電した電気を“経度から経度へと”(谷川俊太郎「朝のリレー」)送りあうことも可能になるだろう。中東など特定地域に局在した資源を争う地政学とはまったく異なる、「惑星的」(Planetary)な構想力が試される。

ジェネシス計画の超伝導送電のパイオニアである北澤宏一氏(科学技術振興機構理事長)は、さらに砂漠を太陽発電地帯として活かすだけでなく、ソーラーパネル(半導体)の原料となるシリコンを大量に含むサハラ砂漠の砂を使って現地で太陽電池産業を育成し、アフリカの経済的自立を促しつつ、不毛の砂漠サハラが
エネルギー供給国となるシナリオを提案する。

こうしてサハラは“二一世紀の油田”となる。しかも字義通りの油田と違い、資源戦争の引き金となることもない。油田やダイアモンドに頼らずとも、アフリカが経済的に自立・発展する道はある。こうした資源外交ならぬ「太陽外交」が、新たな日本のアイデンティティ、日本の環境ソフトパワーの基盤となる。

こんな地球「工」学で世界に貢献できる国に日本はなりうるのだ。そういう日本を、私たち同様、世界も見たいはずだ。こんなワクワクするような時代を迎える前に、気候変動で自滅するわけにはいかない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

日々の活動や取り組みの中では、大変なことがいっぱいあると思います。イヤになったり、投げ出したくなったり、何のためにこんな苦労をしているんだろう、なんて思うこともきっといっぱいある。

でもその向こうにある世界を思い浮かべて。きっと、

「今のまま」< 苦労+「めざす世界」

「わくわくの時代をいっしょに生きている」こと、うれしいですねー。

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「日刊 温暖化新聞」〜情報・考え方、行動・広がりへ! http://daily-ondanka.com/

「私の森.jp」〜森と暮らしと思いをつなぐ http://watashinomori.jp/

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2010年3月25日 (木)

Sangri-La〜美しき歌舞

人類の美しさのルーツは
民族文化のなかにあるんだと確信する舞台。

それが、ヤン・リーピンの『シャングリラ』。

Shangrila2

無限大の空、そびえる山々、清らかな水の流れ、
厳しい日々の暮らしで創造されてきた肉体と魂が、
勢いを増して解放される瞬間の連続。
時に雄々しく、時に愛らしく、
時としてとてもエロティック。

Shangrila3

ストイックな生き方でなければ、
あの体型は維持できないだろうと思う
ヤン・リーピンの『月光』。
彼女しか舞えないだろう繊細さに、また泣いた。

彼女がここまでして伝えたいことは、
共存する世界なのではないだろうか。

この素晴らしい極上の舞台を、
見ること無く人生を終えるとしたら、
それはずいぶんもったいないことのように思えるくらい
感動します。

Shangrila1


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2010年3月 1日 (月)

きりこについてー生き方は選べるってこと


きりこについて

最初は読みづらかった。

反乱する関西弁と、あまりにもブスの説明がつらくて。。。

なんだけど、最後は一気読みした。
言葉にしにくい魅力のある作品だと思う。

人は感動する生き物だから、美しいものに惹かれてしまう。

けど、美しく、すてきな人もいれば、
美しいのにすてきでない人もいる。
逆に美の方程式からはほど遠いのに、
愛さずにいられない人(もの)もある。

たいていの人は、中身をカバーするために、
外見に気を配る。
それも人としては大事なことだと思うけど、
大切な物は目に見えないって、サン・テグジュペリは言ってた。
コンプレックスのある人ほど、
見た目が気になるってこともあるかもしれない。
子どもや動物がかわいいのは、
小さかったきりこがそうだったように、
知らないからなんだろう。
目の不自由な人も、たいていいい笑顔をしてたりするから、
幸せは、ありのままの自分を愛することから始まるのかもしれない。

作者の西さんはあるインタビューで、
価値観を求めることが弊害なんじゃないか、
ただ生きてるだけですごいことやと思うと語っていた。

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2010年1月13日 (水)

フォトグラフスが語るもの

Photographs

久しぶりに本棚から出してみました。
ずっと前から持っている
ナショナルジオグラフィックス「ザ・フォトグラフス」。

アフガニスタンの難民キャンプで撮られたこの眼差しに、
躊躇無く購入した記憶があります。

アフガニスタンという国が長い間混乱の中にあることを、
私に教えてくれた写真でした。

いまだアフガニスタンに平和は訪れていません。

時に写真は言葉を超えます。

Okeeffe

年老いて、なお美しいジョージア・オキーフ。
乾いた土地に住み、
時に若い恋人とニューヨークまで疾走し、
インディオを愛し、何より自然を愛した人。
毅然とした美しさとその生き方が伝わってきます。

本をパラパラとめくっていて、
思わず手を止めたのが次の写真でした。
鳥肌が立ちました、本当に。

Twintower

今は亡きツインタワーの街をおおう大きな影。
この写真が撮られた時には想像もしなかった9.11。
あの日からこの光景は失われたのです。

時を経てその意義も変化するのです。
本はすごい。
本は持つべきだと一人納得。

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2010年1月 2日 (土)

2010年、奇跡の星地球号のゆくえ

振り返れば、2009年はまさにCHANGEの年でした。

オバマ大統領の誕生。
54年ぶりの政権交代。
グローバリゼーションの崩壊。

なんでもありのインターネットは問題も多いけど、
ボトムアップの市民力発信と連携を支え、
世界をつなぐ存在になっています。

COP15は期待に反して大きな成果はなかったけれど、
世界を形成している国々の個性や立場がよく見えたし、
NGOがもはやサポーターではなくプレイヤーで、
その役割は利害や国境を超えて、
人々をつなぐことにあるように思えました。

環境問題はとっても深刻です。
その影響は国境なんて関係ないし、
地球号の存続そのものに関わることだということは
誰の目にも明らかなわけですが、
私は悲観的ではありません。
なぜなら、地球号は元々持続可能にデザインされているから。
持続可能な機能はすでに備わっているからです。
本当にCO2が問題なら、
排出源を断つ勇気を共有すればいいんだと思うのです。
今、若い世代にはそういった感性が育ってきていると思います。
若いクリエイター達のなかに、
お金やモノに縛られない生き方を発信できる人達がいて、
影響力を発揮する時代が来ていると思います。

2010年10月には名古屋で、
生物多様性条約締約国会議が開催されます。
遺伝子組換えに関する「カルタヘナ議定書」の中身についての
重要な会議もあります。
地球号の持続可能性を保障しているものが生物多様性です。
つまり生物多様性が保障されなければ、
地球号の持続可能性も保障されないわけです。
生物多様性が保障されるか否かが
世界が共有すべき基準になるべきだと思います。
日本政府がCOP10、MOP5でリーダーシップを発揮するように、
私達も大注目しなくてはと思います。
そして、生物多様性の宝庫地球の存続を目指すなら、
脱化石燃料、脱原発だと思うんです。

だって、私達とりあえず地球しか住むとこないんですから。


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2009年12月19日 (土)

AFRICA ー セバスチャン・サルガド

Salgado1

終了日の前日にやっと行った写美の入り口は、
チケットを買う人の列ができていた。
10月の終わりくらいから開催されていたのだから、
一ヶ月半くらいの展示期間があったわけだけど、
サルガドってこんなに人が集まる程メジャーだったんだ〜って、
もしかしたら私が世間知らずなだけかもしれないんだけど、
ちょっと驚きつつ進んで行くと展示室は2階なのに、
入場制限のため人々の列は4階まで続いていた。
本持ってて良かったと、「屋上ミサイル」の続きを読んだ。

Salgado2

展示のサイズはごく普通だし、見せ方もごく普通だ。
なんだけど、サルガドのまなざしを感じる。
サルガドの冷静でありながら、
アフリカのすべてにひれ伏すかのような
畏敬の念とでもいうようなもの...
搾取され、苦しみつづけてきた人々。
なにも持たない彼らと持ちすぎてしまった我々と、
果たしてどちらが豊かなのか。

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並んでも今日はサルガドを見ると決めた人々がたくさんいた。
若い人達が多くて、とても熱心に見ていて、
もう若いとは言えない年齢の私はうれしかった。
彼らはここで感じたことをなにかで活かしてくれるだろうか?

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2009年12月 9日 (水)

苦しむ子どもたちにとって戦争は終っていない

アフガニスタン、イラク戦争はなんだったんでしょう?
そこに暮らす普通の人々から大切なものを奪い、
大切な人を奪って、
そして、ガンや白血病で苦しみ、
亡くなっていく子どもたちがいます。
そして、彼らのためにイラクに留まり、
医療を続けて来た人達がいます。
そして、彼らを支援しつづける人達もいます。

JIM-NETの佐藤真紀氏からのお知らせです。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
イラクのバグダッドから、小児ガンの専門医が2名来日中。
是非、東京でも学習会ということでお話を聞く機会を持つことになりました。
イラクが忘れ去ろうとしている時、是非、皆さん来てください。


イラク戦争何だったの?!連続学習会シリーズ【転送歓迎】

「バグダッドの医師に聞いてみよう」
小児ガンの専門医が来日!

  12月3日、イラクからマーゼン・ジャドリー医師とナジャハ・アミーン医師が信州大学で短期研修を受けるために来日しました。
  帰国前日に東京で学習会を企画しました。お二人は、JIM-NETが6年間に渡り支援を続けている、バグダッドの子ども福祉教育病院に勤務され、小児がん・白血病の治療に携わっています。
  イラク戦争がもたらした混乱、恐怖、困難に立ち向かいながら、医療を続けてきた医師たちに、この6年間の苦労と成果を総括してもらい、併せてイラクの現状をお聞きし、必要な支援は何かを考えたいと思います。
 日本政府は、2003年のイラク攻撃を支持しました。そしてイラク復興のために50億ドルのODAを供与することを約束しましたが、イラクの復興は進まず、状況は良くなっていません。イラク戦争に関わる一連の日本の政策が正しかったのかどうかをきちんと検証しなくてはなりません。そのためには、イラクの現場からの声を聞くことが必要です。
■ 日時:12月17日(木)19:00〜21:00 (開場18:30)
■ 会場:早稲田奉仕園BFリバティホール

■ 参加費:1000円
■ 共催:
   JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)
   JCF(日本チェルノブイリ連帯基金)
■ 協力:大竹財団、イラク戦争の検証を求めるネットワーク
■ お問い合わせ(担当:佐藤) 080-0327-88713、
maki_sato★jim-net.net (★を@に変えて送信してください。)

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2009年11月22日 (日)

幸せの記憶を頼りに生きること

中学生の少年が永遠に明日を奪われてしまいました。
沖縄でのこと。
友人達数人に暴行を受けて。

彼が最期に見たものはなんだったんだろう。
少年の一人はすみませんでしたと言ったそうだ。
彼はなんて言うだろう。

いたかったんだよ。
くるしかったんだよ。
こわかったんだよ。
かなしかったんだよ。
くやしかったんだよ。

どうしてこんな残酷なことがおきてしまうのか。
みんな愛されているはずなのに。
生まれてからこれまでに、
たくさんの幸せの記憶があっただろうに。
幸せの記憶は人を救えないのだろうか。

そのときは彼によろしく スタンダード・エディション [DVD]

幸せの記憶は、かならず勇気をくれると思う。
幸せの記憶は、あたたかい毛布のように
冷えた心を包み込んでくれるはずだと思う。

『そのときは彼によろしく』は、そんな映画でした。

小学生の時、3人が出会ったころの景色がとてもいいです。

生きてる時間はいつの日か終わりが来るけど、
幸せの記憶が生きた時間を輝かせるんだろう。

不幸なできごとがなくなりますように。。。

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